35日目に病院へ行ったときは陽性反応が先生を驚かせたことは前述のとおりです。
41日目の病院では胎のうも見え卵黄のうも確認され、順調に経過しているようでした。
しかし48日目に病院へ行ったときに先生から耳を疑うような一言があったそうです。
「胎のうはみえるが胎芽がみえない」という信じがたい言葉でした。
胎のうは赤ちゃんの入っている袋、胎芽は赤ちゃんということであれば、ようするに袋の中に赤ちゃんがいないということになるのです。
1週間様子を見ることになりました。
真っ先にあのAIH5回目の化学的流産が頭をよぎります。
胎芽がないということは、既に流れてしまったんだろうか?
今回のケースでいえば、まったく症状を起こさないまま流産に至る稽留流産ということも考えられます。
絶望的な気持とともに夫婦で地獄へ突き落とされた気分です。
かすかな望みをつなぐもの、そのアイテムは基礎体温計と妊娠検査薬のみで、それ以外たよるものはありません。
1週間後の病院の結果を聞くまで、本当に長く苦痛な日々を過ごさなければなりませんでした。
毎朝の日課となった基礎体温を測り、その結果を聞くときは緊張がはしります。
案外高温をキープし安心します。
51日目の朝に出血したと報告を受けました。
やはりまた流産か・・・・衝撃が走りました。
妻も震えているのがわかります。
最後の望み・・・妊娠検査薬を使用しました。
はっきりと陽性反応が出ました。
基礎体温も高温をキープ。
絶望の中にもかすかな望みだけは繋がりました。
病院へ行く日がきました。
ぼくは、珍しくもこの日子宝神社からいただいたおふだの前で、赤ちゃんがいてくれるという奇跡が起きるよう願掛けをしました。
携帯が鳴りました。
「胎芽は10.2mmに成長し心拍の確認ができた。先生から大丈夫、良かったねという言葉をいただいた。」と妻の弾んだ声です。
地獄から天国の1週間でした。
追伸 結局医者の誤診に振り回された1週間ともいえます。
胎芽が見えない・・・・